【昭和12年】「名古屋汎太平洋博美術展」父 脇田畦牛の出展作品

脇田畦牛と作品「灯ともし頃」 アトリエ

脇田六瓶の父 畦牛のポストカードが残っています。

脇田畦牛 作品「灯ともし頃」

このポストカード右下には、「名古屋汎太平洋博美術展出品」と書かれています。今の横書きは左から右から書かれているのが一般的ですが、古い頃のものですから、今とは逆の右から左に書かれています。このあたりが時代を感じさせます。

脇田畦牛が「名古屋汎太平洋博美術展」という美術展に作品を出品した時のポストカードのようです。

昭和12年 愛知県商工館で行われた美術展「名古屋汎太平洋博美術展」

この「名古屋汎太平洋博美術展」について調べてみました。

「名古屋汎太平洋平和博覧会」という万国博覧会が、昭和12年(1937年)の3月15日から5月31日までの期間で、会場は名古屋港北の臨海地帯(今の港区港明)で開催されて、その中の美術展として「名古屋汎太平洋博美術展」は開催されたようです。時期的には、万博終了した2か月後に、日中戦争が起こる頃です。

美術展は、万博が行われた場所とは別の会場でした。名古屋市西区御幸本町にあった愛知県商工館で、昭和12年4月1日から4月30日までの30日間開催されました。会場内は、1階日本画、2階洋画、3階彫塑・工芸ということで、幅広く美術品が展示されていたようです。

万博開催後の昭和13年に発行された「名古屋汎太平洋平和博覧会会誌」という資料があります。
美術展については、上巻・中巻・下巻の3巻のうち、中巻1231ページ~1245ページに概要・写真・出品目録などが掲載されています。美術展会場1階の日本画コーナーを写っている写真が1枚だけのっていましたけど、残念ながら畦牛の作品はありませんでした。

名古屋汎太平洋博美術展 館内
美術展の館内様子
(左上 日本画 1階、右上 洋画 2階、左下 彫塑 3階、左下 工芸 3階) 

脇田畦牛の出展作「灯ともし頃」

「名古屋汎太平洋平和博覧会会誌」の中の出品目録に、「脇田畦牛」の名前を見つけることができました。

会場1階の日本画は第1室から第10室まであって、畦牛の作品は第3室に飾ってあったようです。
目録の作品名は「灯ともし頃」ですけど、冒頭のポストカードは「灯ごもし頃」となっていましたので、多分「灯ともし頃」が正解ですね。

「灯ともし頃」は、明かりをともす頃ということで夕方を表します。

名古屋汎太平洋博美術展 出品目録
出品目録

「250」という数字も書かれていますけど、これは価格のようで会場で販売していたようです。
この「250」の単位が目録では分からなかったのですが、この美術展への入場料が「大人 30銭」と書かれていたので、おそらくこの絵は「250円」で販売していたと推測されます。

当然、今現在の250円と昭和12年の250円は価値が違うわけです。
昭和12年頃の物価は、少し調べてみるとこんな感じでした。
・公務員初任給 75円
・ビール(大瓶1本) 37銭
・米(10kg、上) 2円73銭

この絵が当時売れたかどうかは、残念ながら分かりません。

脇田畦牛と作品「灯ともし頃」
「灯ともし頃」と脇田畦牛
脇田畦牛 作品「灯ともし頃」
「灯ともし頃」の下絵?複写?